中学校の部  

  自然を守り、活かす       
         
      大川村立大川小中学校
           九年 星野 十遊大 
 
僕は自然が大好きだ。木と土の匂いや時折姿を見せる岩の様子、頂上の絶景を愉しむ山登りなどはまさにこの素晴らしい自然を満喫できる素晴らしいものと言えるだろう。また、清流に釣り糸を垂れての魚との駆け引きには胸を踊らす。しかし、自然が好きと言っても、自然という言葉は抽象的で多くの側面を持つ。当然、森の景観的な美しさなどもあるし木などを伐採することは金銭的な価値を生む。別の側面として、台風や地震などが引き起こす災害で受ける被害は甚大なものとなる。
 ある時ふと思った。今、僕の周りを取り囲むこの自然とは、この地に人が住み始めてから脈々と受け継がれてきたものだ。過去から現在へと繋がれてきたこのバトンを僕たちは生活の一部として取り込み、己の糧として享受してきた。また、先ほど書いたように台風や地震では大きな被害が起きるが、その都度過去の人々は対策を講じ被害を最小の形に留めようとしてきた。つまり、人々は自分達にとっての負の側面を最小にし良い側面を今出来る最大の形にし、時にはその負の側面すらも反転させ良い側面にすることでより自分達にとって価値のあるものにしてきたということだ。
 そうして受け継いできたバトンの恩恵は絶大で僕達の生活を豊かなものにしてくれる。仮に今、この自然の恩恵を享受することが出来なくなったとしたら、僕達は、数日もしない内に困り果てるだろう。つまり、このバトンを僕達の代で味わい尽くしてしまうと次世代の人々が生活に困窮することになるということだ。
 また、「生活をする為」という一面だけでなく、その美しさは心を感動させ、時には奮い立たせるための源泉となる。それは人々の心に豊かな感受性を育む上でも重要な事だろう。そう言った意味でも自然は人々の生活には欠かせない大事なものだ。
 このように、生活と自然の雄大さという二側面から見てもこの素晴らしいバトンは、将来この地に住むであろう人々に繋いでいかなければならない大事なものということができるだろう。
 また自然は人の手が入ることで新たな側面が生まれてくると思う。勿論先程書いたような自然の雄大さは、人の手が入ってないことで魅力が発揮されることもあるが、適宜植林や伐採をすることで地球全体の二酸化炭素量を減らしたり、木の発育を促進させることもできる。他にも、ある程度の安全を確保した上でのレジャー体験などもできる。
 そうすることで、自然は地球保全や商業的価値などを具有することが出来るのだ。つまり、自然に人の手を加えるということは新たな側面を付加することだということが出来る。だからこそ、自然に人の手を介在させることは重要なことだと言える。
 僕はこの二つの事柄を認識した上で、自然に対して働きかけることが非常に重要だと思う。今、僕は山村留学生の一員として村民の方々の手を借りながら地域の廃材や雑木の撤去を進めている。こうしたことが、観光的商業価値という新たな側面を創造しつつも美しい形で自然を次世代へ継承することにつながる第一歩だと思う。
 だから、僕は今の活動を推進したり、新たな活動を行うことで、今の自然を守りつつも新たな魅力的な側面を見出していきたい。